2009年6月14日日曜日

近畿釣り情報

こんばんは。

会長の永原です。

勝手に新企画を始めます!

近畿の良質な釣り場を紹介するこのコーナー。
いつまで続くかわかりませんが、どうぞよろしく。

さて、今日は、福井に行ってきました。
鯖街道をずんずん北上して、小浜市へ。
今の季節、鯖街道は山の緑がとてもきれいで、
ドライブも楽しめます。
しかし、鯖街道はカーブの多い道路。
飛ばす車も多いので、後ろにぴったり付かれたときは、
すぐに譲りましょう。


福井県に入り、海に近付いていくと、
釣り具屋さんがちらほら。
実は、釣り具を全く持ってきておらず(笑)、
小浜の釣り具屋で「お手軽釣り具セット」を購入しました。

今日は、サビキでアジ釣りといきましょう。

今日の釣り場は、釣姫(つるべ)です!



大きな地図で見る


釣姫。
なんか、めちゃ釣れるような気がする地名でしょう?


到着したのが夕方の5時。
経験的にこの時間帯から夕暮れまで、アジが爆釣します。

釣姫漁港の駐車場から、少し歩いて防波堤に場所を確保。
この時間でも、釣り人がちらほらいます。

みんな、竿をヒュッヒュッとしならせ、
どうやら、エギングをしている模様。
そういえば、今はスルメイカの季節ですな!
しまった~、ちゃんと釣りニュース見てから来るんだった!


さて、エギンガーとエギンガーの間で、サビキをたらします。
ボトンとサビキをおろすと、ウジャウジャと小アジが寄ってきて、
すぐ釣れます


しかし、、、5cmぐらいのばっかり。。。

ちっこいアジほど、海面近くに沸いてますので、
サビキを入れたとたん、釣れてしまします。
でかいのは底のほう

だから、ちっこいのが食いついてもそのままずんずん沈めていきます。

すると、来ました!

ちっこいアジのアタリは、「ピロピロピロ」ですが、
でっかいアジのアタリは、「ドドドドド」であり、迫力があります。

釣り上げてみると、12cmぐらい。
でっかくないですね(笑)
でも、これはお持ち帰りです!

釣姫漁港は、自然に囲まれた静かな港で、
ここで釣りをしてると、非常に癒されます。
トイレもあるし、ジュースの自販機もあるので、
とてもお勧めの釣り場です。

まき餌がなくなったころ、ちょうど日が暮れかけて
薄暗くなってきたので、帰ることにしましょう。
今日は、10cm~15cmぐらいのアジが20匹ほど釣れました。
いい感じ。


■小アジの料理■
10cm程度の小アジは、南蛮漬けとか唐揚げもおいしいですが、
今日は、知る人ぞ知る郷土料理「さつま」をご紹介します。

これは、私の祖母から教えてもらった愛媛県の片田舎で
親しまれている料理。

1.まず、小アジをさばく。
ウロコとハラワタをとります。
シッポ付近についてるイガイガ(ゼイゴという)も取ります。

2.アジを焼く
適当に焼いてください。

3.アジをむしる
焼いたアジの身の部分と骨・皮の部分を分けます。

4.骨でおだしをとる
骨・皮を煮てください。

5.身をすりつぶす。
身をすり鉢ですりつぶします。
むぎ味噌(なければ普通の味噌)も混ぜて、ゴリゴリしてください。


6.火あぶり
5ですりつぶした身をすり鉢に押し付け、
落ちないようにして逆さにし、コンロにかけます。
少し焦げ目がつけばOK.

7.冷やす
6であぶったすり身に4のおだしをまぜ、冷蔵庫で冷やします。

7.食う
炊き立てご飯(ムギ飯が正統派)に冷やしたさつま汁をぶっかけて、
ねぎを刻んで振りかけて、お召し上がりください。

2009年6月3日水曜日

仏教の無限観

こんばんは。

会長の永原です。

私は理系の人間です。

反証が可能でない(間違っていることを証明することができない)仮説は
科学的でないということは理解できているつもりです。

ですが、あえて、誤解を恐れずに、
今回は、仏教における「極楽」(阿弥陀様の住む世界)までの距離に関する考察をしましょう。


西方十万億仏土を過ぎたところに、極楽と名付けられる世界がある
(冥途の旅はなぜ四十九日なのか、柳谷晃、青春新書、原典:阿弥陀経)


この「十万億仏土」という距離がどのくらいの距離なのか。
全く想像ができませんが、上記の著者によると、

 十万億仏土=10000000000000000000光年(0が19個)

となるらしいです。

宇宙物理学によりますと、宇宙の広さ(注:物理的に観測できる宇宙の広さ)は
470億光年=4.7×10の10乗。
それよりも約2億倍遠くに極楽浄土がございます。

昔の人は、このようなとてつもない距離を定義して、何を表現したかったのか?

それはすなわち、極楽浄土への距離は無限である(誰も行けません)
と言いたかったわけです。

このように誰も行けないような距離にあるところに一歩でも近づこうと、
お坊さんは修行するわけですが、
1+1+1+...
といくら足していっても、一向に有限の値であり、
それを知りつつも毎日毎日修行をするというのは、どのような気持ちなのでしょうか。


さて、近代数学は、無限という概念の発見により、大いに発展しました。
微分・積分法の発見です。
これが、ニュートンの時代ですから、17世紀。

それよりはるか昔に、上で述べたような無限の概念があったことは驚くべきことです。

そして、もっとすごいのが、親鸞。
彼は「南無阿弥陀仏」と唱えることにより、死んだらすぐに極楽へ行けると唱えました。
これは、数学の「一点コンパクト化」(無限に拡がる平面をくるっと丸めて球にし、
無限遠点を北極点に対応づけたもの=リーマン球面)を想起させます。


仏教には、数学的な考え方が根底にあるようです。


遠方から超交流会に参加される方は、ぜひもう一日京都にとどまり、
お寺さんで「無限」に思いをはせてみてください。